俺だって俺なりに

中堅メーカーの経営企画の仕事を通じてサラリーマンの悶々とした生活を満喫中。能力普通でそれなりに真面目。ガラスのハートのくせに実力以上に頑張って疲れたり。「俺だって俺なりに、あなただってあなたなりに」何とかふんばって働いている俺と俺に似たような人がいれば応援したいという意味で始めたブログ。

自信がない、自己肯定感を持てない俺なりの3つの原因

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自己肯定感というか、自信というのはどういうものなのか色々考えたことがある。

 

ときおりコンプレックスだと感じている自信のなさや、それが理由で落ち込んだら、大汗をかいたりする原因についてだいたい3つ原因があるという結論を出したことがあり、手帳にメモしてある。

 

 

 

自信はもつべきだろうが、もてない自分がいる。その原因はどこにあるのか。そのことを時々考える。例えば誰かとの面会で恥をかいたり、心臓がバクバクしたり、汗をかいたりするたびに自分が嫌になる。そのたびに克服すべく、いろいろな書籍を読んだり色々考えたりする。でも変わらない。

 

そして周囲はまったく理解していない。「いやいや神木さんほど自信をもって淡々と仕事をして、いろいろな人に言いたいことをちゃんという人いませんよ」そういわれたり、「堂々としているね」と言われる。

 

でも心の中とは正反対。初対面で大汗をかくクセがあり、周りの人だって額に汗したり、ハンカチで拭いているのを見ているだろう。それなのに上のようなことを言われるのは何故なのかよくわからない。長年の疑問だ。

 

外から見た時と内面の自分にはギャップがあるようだ。

 

心の中では基本的に自信がない。過度に緊張してしまうなど、日常生活でも問題が生じることがある。

 

仕事を進める上でも初対面が苦手だったりする一方、一度仲良くなれば全くそのようなことがなくなることもある。こういった「自信のなさ」について周りの人に相談したことが何度あり、ほとんどの指摘は以下の3つに分類されるし、自分でもそうだも思っている。

 

 

指摘1:周りを気にしすぎる

1つめは「周りを気にしすぎ」という点。周囲の目や評価を意識しすぎている。頭では周りはそんなに自分のことを気にしていないということを理解できるが、なかなか体はそのように対応してくれない。

 

人の前でプレゼンをする、新しく大人数に会う、緊張する場面は多い。そんな中でも不思議なことがある。時間がたてば自然と落ち着いてくるということ。プレゼンであれ、何であれ最初は大汗をかくが、一度汗が引いてくると落ち着きを取り戻せる。

 

もう一つ不思議なのが海外では全然緊張しないということ。どこの国だろうが全く平気。日本にいるときだけ以上に緊張してしまう。この2つの理解できない現象はなぜなのか未だに分からない。

 

 

指摘2:自分を過小評価している

次に多いのが自分に対して「なぜ出来ないんだ」、「どうしてうまくいかないんだ」と思ってしまっているという指摘。常に出来ないことばかりにフォーカスしてしまって落ち込んでしまうことが多い。

 

他の人に比べて(比較していることがそもそも問題だが)出来ている点もあるはず。それでも悩みを打ち明けるたびに「そんなことないよ」と周りに言わせてしまっている点も申し訳ない。おそらくは次に記載する「理想が高い」ということと緊密であり、意味合いとしては同じかもしれない。

 

 

指摘3:理想が高すぎる

最後に「理想が高すぎる」という指摘も受ける。完璧主義ともいれるかもしれない。自分に対しても事業に対しても「こうありたい」という思いが強すぎて、現実とのギャップに苦しんでいるということだ。この指摘はかなり理解できる。

 

「理想を高く持て」と叫ばれる一方、「高すぎる理想は身を苦しめる」ということだろう。かといって、理想を下げることは非常に難しい。向上していく原動力にもなるわけで、理想を低くすることはそれに反する。一体どうすれば良いのか悩んでいる。

 

以上が自信のなさが出るたびに悩むことだ。

 

こじらせているのは自分でもわかるが、解決策はないのがしんどい。

 

そんなことを自分やっているプロジェクトの会議の片づけをしながら考えていた。今日は20人の参加者をまとめ、プレゼンもして進行役もやったが全然普通だった。

 

なんでかな。

 

その割にこのあいだひとまわりも下の後輩と二人になって質問をされてあまり良い答えができなくて汗が止まらなかったこともある。

 

自分の俺の心と体がよくわからない。軽くため息をついてホワイトボードをふいて汚れた手で汚さないように扉を開けて自分のデスクに戻った。

 

 

たぶん自意識過剰というか、自分が見られているという意識が高すぎることとがあると思う。自分が人をどう思っているかよりも、自分がどう見られているか、どう思われているかという意識が強い気がする。

 

あとは完璧主義なのかもしれない。何事も徹底して理想を描いてゴールに向かっていくので想定外の事態が起きると途端に弱くなる。変化に弱いのだ。

 

そうだとするとミスをすると恥ずかしかったり、注目を浴びたら嫌だという気持ちが優位になるので自己肯定感を持たないことになるのかもしれない。

 

なんと思われようが全然気にしない。

 

ナチュラルに生まれ持った自己肯定感を大人になっても自然ともてる人はいいが、何かのショッキングな出来事や、経験からそういったものを失った人は、そんな強さをもう一度もてるものなのだろうか。

 

そんなことを考えてみた。

 

今日もお忙しいところ読んでいただきありがとうございます。

 

この間書いた「自信」に関する雑貨お時間があれば以下からお読みください。

oredatte.hatenablog.com

 

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